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すっぱい葡萄的な果物

100%価値観が合致することはないし100%理解できることも理解されることもどちらも起こり得ない、って思っていると、みんなのことを好ましく思えるし(というのはさすがに言い過ぎだとしても、好ましい面に着目でき好きじゃない面を許容できる相手の絶対数が増えるし)、一方で誰かのことを突出して好きになることが難しくなるんじゃないかなあ、と思ったりもした。

それでも自分のことが好きならば誰かのことを突出して好きになれるだろうし、自分のことが嫌いならなかなか難しいんじゃないかなーと思った。というかそう思いたい。
僕はわりと引用部分の人っぽいような考え方なのだけれども、それってのは100%理解したいしされたいけれどもそんな期待は外れるんだって思っているからなのであって、傷つきたくないからそんなの無理なのよって強がってみせているだけなので、心の底では完全な理解ってのを期待しているんだとかいうふーなことを昔どこかで書いたな。
んでもって上の文章を読んで寂しくなって俺は死んだ。スイーツ(笑)