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詰め込みすぎてみる

自分の感覚や思考が他人あるいは社会の影響を受け(変化し)ているなんつーことはある意味あたりまえで、零から何かを考え出せたら哲学者になってるよ去年の今頃までにはたぶん。
んで、下の(何)おっぱいの人が回答者に向かってそれは「刷り込み」じゃねーのかとか自分で考えた結論じゃないのではないのかとか言う割には村上龍を読めとかなんつーかそれは自身も引っ張られているのではないのかというかそいうふーな事がいいてーというか笑うところなのであろうというか何というか。
ほんで、エヴァ公開されているわけですが、最初のTV放映時は僕はあんまりTV観ていない時期だったので、放送よりも情報が早く僕に伝わってきていて(それは主に「サブカル」的な文脈であったのだけれども)その後にエヴァ観た時にはそれが入力された(他人の言説とかいうふーな)情報をもってして解釈された感想なのか、僕自身が感じたピュアな何かなのか判断つかなくなってしまい、嫌いじゃないけど積極的に面白いって言って良い物なのかどーなのかわからなくなっていたというふーな事を思い出したよ。そんなふうに感じる時点でおもしろがっていないような気もしますが。
エヴァに限らずなのですが、何かの感想やら考察やらという物を、ここやらどこかやらに出力しようかと思ったときに、「この俺の気持ちはどこかで読んだことあるなあ」とか感じる事もよくある話で*1、それにリンク貼って「同意」とかで済ませない*2のは何でなんだろうか。自分の言葉で語りたいつーのももちろんあるよあるけれど(それがある意味「無理」*3であると言うこともわかっているけれど)、他人の出力したそれを僕は100%は理解しえないからとか思うのです。どんなにそれに同意したとしても。その人の考えを完全に理解するなんつーのは難しい話だと。そーいうふーにだ、言いたいことはだいたいおんなじなんだけれども、それがまったくその通りであるという自信もないのに、「こーいう事」なんて相手と自分の違いを検証もせずに転載して終了なんて無責任な事はしたくないのです。とかいうふーな事も http://deztec.jp/design/07/09/04_copyright.html を読んで思ったりもしました。
と、いうふーな事もどこかで誰かが書いているような気がしないでもないですが、そんなことに正面から向き合っているほど暇ではないのです。おしまい。

*1:そりゃそうだよぐぐれば何でも出てくる世の中だ

*2:結局何も書かない事も多いのですが

*3:オリジナリティという面で自分自身を疑っているというふーな意味で